第2章 血縁者に対する殺人
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多くの文化における神話では最初に起こる殺人は兄弟殺し
父殺し
児童心理学者のドロシー・ブロック(1987)は「子供時代のなによりも大事な関心事」は、親が自分たちを殺しに来るのではないかという恐れであると主張する 現代アメリカにおける家庭内暴力の最も有名な研究者
殺人者と被害者の関係の中では、同じ家族同士という関係が他のどんな関係よりも多い
これは進化理論の観点からすれば奇妙なこと
自然淘汰も性淘汰も、淘汰は、遺伝子が複製する率の差異であるのだから、適応度に寄与する性質だけしか淘汰では残らない 言い換えれば、自然淘汰は、血縁者をとくに優遇するような「縁者びいき」を進化させるはずだ
実際、すべての適応的な行動を、個体による資源の獲得と縁者びいきの二つに分けて論じることが有効な場合さえある
後者は、自分自身と遺伝的に近縁な個体を生産し、彼らの適応度を上昇させるために、自分自身の資源を使うことを指す
だれがだれを殺すのか?――アメリカの例から
ミシガン州デトロイト
殺人が多い
筆者らの拠点と近い
警察本部長補佐のジェムス・バノン博士は、社会学者として教育を受けた人で、警察の記録をもとに研究を行うことに理解のある人物だった 1972年に起こったすべての事件をサンプルに選ぶことにした
理由
十分二時間がたっているため、望める限り完全な情報が整っている
この年のデータは、数年前に社会学の博士論文のためにメアリー・ウィルト(1974)が使用し、その分類コードを再利用することができた データ
690件の事故でない殺人
1980年の10月ごろまでには、これらの事件のうち512件が解決された
これは起訴は別として、警察が満足のいくように犯人の同定ができたということ
このうち、被害者と加害者の関係がわかっているのは508例
血縁関係にない知人同士243例(47.8%)
見知らぬ者同士が138例(27.2%)
親類同士が127例(25.0%)
少なくとも解決がついた事件では被害者の4人に1人が血縁者によって殺されていることになる
未解決の殺人事件では、解決された事件でよりも、見知らぬ者同士の関係の割合が高いことを示すいくつかの証拠がある
血の繋がりのない95例
80例が配偶者間(夫→妻: 36例、妻→夫: 44例)
10例が婚姻関係
5例が継子間
真に血の繋がりのある32人の被害者
8人が実子、11人が親、9人が兄弟、1人が姉妹
18歳の少年が14歳の従姉妹を殺した例が1件、65歳の男性が52歳の甥を殺したのが1件、12歳の少年が乳幼児の甥を殺したのが1件
つまり、「親類」と分類されているもののほとんどは配偶者ということになる
残りの「親類関係」の多くも、結婚を通した関係
真の血縁者は「親類」と分類されているもののうちの25.2%に過ぎず、508例全体では6.3%に過ぎない
デトロイトのデータはアメリカの典型といえるか
他の都市におけるこれまでの殺人の研究はどれも、遺伝的な血縁者と婚姻関係とを区別していないし、連邦捜査局がまとめて発表している全国の殺人統計も同様
しかし、これまでの研究における大まかな分類はデトロイトのものと変わらないので、デトロイトは典型的であるといっていいだろう
警察の殺人記録をもともにした古典的な研究は、1948年から1952年のフィラデルフィアの事件を扱ったメルヴィン・ウォルフガング(1958)のもの 犯人が誰かわかっている殺人550件のうち136件(24.7%)が「親類」によると述べている
これはデトロイトの25.0%という数字とほとんど同じ
デトロイトの例と同様、これら「親類」のほとんどは配偶者
残りの例については、婚姻関係と兄弟姉妹以上に遠い遺伝的関係とを区別していないが、真に血の繋がりのある者どうしの殺人は、26例(4.6%)から36例(6.5%)の間
最近の「マイアミの殺人」という研究に、犯罪学者のウィリアム・ウィルバンクス(1984)は、1980年にマイアミで起こった574件の殺人事件のそれぞれについて、短い概要を載せている 被害者と加害者、もしくは第一容疑者との関係が知られている494件のうち、「親類」によるものは59例しかない(11.9%)
そのうち43例は、配偶者またはもとの配偶者によるもの
なお、ウィルバンク自身による計算はこれとは少し異なる
彼は「内縁関係」と「恋人関係」を区別しているが、区別の根拠が示されていないばかりでなく、矛盾している
後者のグループの何組かはたしかに同棲していた
4人は婚姻関係者に殺され、3人は継父に殺された
マイアミの殺人被害者のたった9人(親類の中の15.3%、全体の1.8%)が血の繋がりのあるものによって殺されている
この数字はデトロイトやフィラデルフィアのものよりもさらに低い
血縁者はより安全か?
つまり、アメリカの殺人において、真の血縁者同士が殺し合う例は、二つの研究でおよそ6%、もう一つの研究では2%以下ということになり、ひろく信じられているよりはずっと低いことになる
私たちが知りたいのは、人間関係の葛藤を和らげ、絆を深めるために、血縁関係はどれほどの力を果たしているのかを査定すること
犯罪学者や社会学の理論家の中には、家族関係が他の社会関係と異なるのは、その頻度の高さと密度の濃さだけにあるかのように論じ、遺伝的関係と婚姻的関係との違いはとるにたらないものと考えている人々がいる
ウォルフガングは加害者と被害者の関係を「主要グループ関係」、「知人」、「見知らぬ者」の三つに分類
1968年に、当時の大統領だったリンドン・ジョンソンが、「暴力の原因と阻止」の研究のための委員会を設置したとき、コロンビ大学の社会学者、ウィリアム・グードは、暴力の加害者と被害者の関係に関する専門家証言を行った グードはウォルフガングよりもさらに枠を広げて、親類、配偶者、愛人、親しい友人をすべて含めて「親しい者たち」と呼んだ
親しい者同士が暴力を振るい合うのは、彼らがそこにいるから、ということ(Goode, 1969)
これは全くその通りだろうし、このことは心に留めておかねばならない
多くの著者達がある状況Xというもの自体がどれほど多くあるのかということを考慮に入れずに、状況Xで起こる殺人の数が非常に多いことから、状況Xが特別に危険であると論じてきた
頻度を率と混同したまったくのナンセンス
したがって、暴力の起こる危険性はお互いが近くにいるかどうかにもよるというグードの指摘は正しい
しかし、「親しい人々」のうちでも、あるカテゴリーの人々は他のカテゴリーの人々よりも葛藤の危険性が高い
どんな分析をするべきか
ある関係における危険性を、他の関係におけるものと量的に比較しようとするならば、様々なカテゴリーの関係における潜在的被害者に対して、潜在的加害者の存在可能性を、どうにかして計測しなければならないように思われるが、それはほとんど不可能
簡単な方法として、一つの家庭内のメンバーだけに話を限ってしまう
加害者と被害者が同じ家庭内に住んでおり、加害者の年齢が14歳以上であるような98例を対象とした
14歳は統計資料の区切りであるのもそうだが、殺人がある程度の頻度で始まるのはだいたい14歳ごろだから
次に、1970年のデトロイト市に関する合衆国統計から、14歳以上の「おとな」すべてに対して、平均的な家庭の構成がどんなものであるかを推定した
これが潜在的加害者集団であり、そこから、同居している潜在的被害者集団も推定できる
平均的な潜在的殺人加害者は、3人の潜在的被害者を家庭内に持っている
単なる存在可能性に比べると、配偶者と非血縁者は非常に多く殺されており、血縁者はずっと少ない
有意差は非常に大きい(二項検定, $ p<.00001) 同居している非血縁者は、同居している血縁者のの11倍以上も殺されやすい
配偶者が主な被害者であるが、配偶者を分析から外しても結果はほとんど変わらない
依然として11倍以上も殺されやすく、その差は有意(二項検定, $ p<.00001)
血縁者と非血縁同居者の危険性の違いは、実際はデータが示しているよりももっと大きい
合衆国統計は義理の関係を実の関係と区別していない
蓋を開けてみると「子供」を殺したという8例のうちの2例は、義理の父親に殺された例で、あと2例は、義理の父親がその場にいたが、母親が乳児を殴り殺したとされた例だった
同様に、「両親」や「他の親類」というカテゴリーも、結婚を通してのつながり
他の時代や地域のデータによる分析も、この結論をさらに裏付けるものだ
13世紀イギリスにおける共謀殺人
13世紀イギリスの巡回裁判の記録
歴史家のジェイムス・ギブンが1977年に「十三世紀イギリスにおける社会と殺人」という詳細な研究 ギブンが用いた数千にわたるサンプルのうち3分の1以上が、二人以上の人間が加害者とされた共謀殺人
この特異性は、デトロイトのデータで行った分析を補い、しかも全く異なる分析の機会を提供してくれる
もしも、葛藤も協力も両方が「親しさ」の度合いに応じているならば、つまり、社会関係の頻度と強度とに比例しているならば、より親しい関係であるほど、葛藤も協力も両方の機会が増えるはず
そうだとすると、被害者と加害者の間でよくみられるような親しい関係は、殺人を共謀して行う人々の関係にも同じように表れるはずだ
たんに、グードが述べているように近くにいるだけなのであれば、被害者と加害者の関係の分布は、そのまま共犯者同士の関係にも表れることになる
しかしながら、血縁関係は協力を促進し、葛藤を和らげるように働くのであれば、この二つの関係では、分布が異なるはず
加害者と被害者の関係、および共犯同士の関係は、大きく異なっている
共犯者同士は、被害者と加害者の関係よりも三倍以上も血縁であることが多い(20.2% vs. 6.5%)
共犯者同士における「親類」は、その75%が真に血の繋がりのある血縁者同士であるが、被害者と加害者の関係では、それは35%にすぎない
真の血縁者だけに注意を向けると、共犯者同士は、被害者と加害者よりも6倍以上も血がつながっていることになる(15.2% vs. 2.3%)
デトロイトの分析と同様、イギリスのデータでも配偶者は大きな位置を占めており、被害者の「親類」の半分以上が配偶者であるが、共犯者同士では4分の1以下
婚姻関係者は、被害者の「親類」の23.4%を占めているが、共犯者間では3.2%に過ぎない
13世紀のイギリス人は、自分の兄弟を殺すよりは、その兄弟と一緒になって赤の他人を殺す可能性の方がずっと高かったことになるが、それと同じことは、義理の兄弟についてはまったく当てはまっていない
世界中どこでも、親類同士は共謀して暴力を行っており、それは、異なる親族間の争いにおけるものが最も多い
血族の割合の高さに関する他の研究例
殺人者と被害者が遺伝的な血縁者であった割合が高いようなサンプル
カナダ
1974年から1983年にかけてカナダの警察に報告されたすべての殺人事件
10年間に、カナダ人が真の血縁者の手にかかって死んだのは863例あったが、それは解決済み5444件の15.9%を占めている
このことは、カナダにおける家族ない殺人の率が、アメリカや13世紀イギリスよりも高いということを意味してはいない
これら2地域における全体としての殺人率の高さは、非血縁者間の殺人率の高さによっているということ
1972年のデトロイトにおける全殺人率は、市民100万人あたり450人
これは1974年~1983年までのカナダのおよそ15倍
対して、デトロイトでの血縁者間の殺人発生率は、カナダのたった5倍でしかない
デンマーク
私たちが探し当てた、血縁関係者間の殺しの割合がもっとも高いのはデンマークだった
イタリアの犯罪学者シチリアーノ(1965)によるデンマークの記録の分析では、1933年から1961年までの解決済み事件で、犯人が確定されたものは678件 これらの被害者の内50.6%が近い近縁者(親、子、兄弟)によって殺されており、さらに2.9%が婚姻関係を含むもう少し遠い血縁者によって殺されていた
これらの事件のうち、ほとんどは嬰児殺しであるか、幻滅した母親が子を殺した後に自殺した例 デンマークは殺人率の極端に低い国だということは、注意を要する
シチリアーノによる解決済み事件の678件という数字は、年間100万人あたり6人という殺人率であり、これ以外の解決されていない事件はほとんどない
家族内殺人の発生率は、他のタイプの殺人の発生率よりも、国ごとの違いが少ないということ
彼らが血縁者を殺す率は、カナダの発生率をほんの少し下回り、デトロイトのそれを大幅に下回っている
問題なのは、デンマーク人が赤の他人を殺す率は、北アメリカのそれを、さらに大幅に下回っているということ
殺人の研究文献では、率(対人口比)と割合(全体に対する比率)とを混同する誤りがあまりにも多くありすぎる
一つは殺人性向は殺人者の中にだけ存在する、つまり、殺人の動機は個人とは関係がなく、被害者はあらかじめ選ばれているという、誤った仮定に基づいている
殺そうという衝動は大いに状況に依存しており、被害者と加害者の個人的な関係の特殊な緊張関係に依存している
インドのバイソン―ホーン マリア
人類学的記録の中には、我々の文化とは非常に異なる文化における殺人の例を扱ったものが見られる
残念なことに、はっきりした基準がなかったり、「典型」的なものを代表するように選ばれている
焼畑農耕
幸運な家族の中には、定住して灌漑のある生産性の高い農地を所有している者たちもあった
狩猟採集も、生計活動には重要な役目
家系はおもに父系で認識されていたが、母系制のもとで非常に重要視されている「母親の兄弟姉妹の息子」という関係も儀式的には重要で、おそらく実際にもそうだったのだろう マリアの男性は、父親や父系の血縁者の助けによって、女性の父系クランから妻を購入する
財産のない男性は、女性の父親のために3~5年働くことによって妻を得ることができた
成功した男性は二人以上の妻をめとることもできたが、父系の血縁者でまだ独身を強いられている者にとっては不満の種だった
過去には略奪結婚もあったといわれているが、それは普通ではないだろう
これらすべての点において、南アメリカ、アフリカ、ニューギニアなどの他の粗放農耕民とほぼ同じ 大英帝国の支配は殺人を問題として取り上げられていたので、英国の裁判所の記録から資料を得ることができた
マリアでは、年間100万人あたり69件の殺人があると推定しているが、これはカナダとデトロイトの中間
特に興味深いのは、何らかの血縁者が非常に多く関係していること
107件のうち、見知らぬ者によって殺されたのはたった1人であり、非血縁者によって殺されたのが37人
35人が婚姻関係
配偶者が23人
結婚による義理の親が10人
継父母が2人
34人(31.8%)が真の血縁者によって殺されている
デンマークの例とは異なり、そのうちたった6人だけが実の親によって殺されている
マリアにおける殺人
グードが指摘した、存在可能性の違いは、明らかにここでは意味を持っている
結婚による義理の関係が10人という数字が、この関係が他のもっとたくさんある血族関係よりも危険であることを示している
しかし、血縁者どうしの殺人が異常に多いことには、付き合いの範囲以上の理由がまだある
マリアのような社会では、父系親族間の凄まじいライバル意識が、家族内の結束の強さ以上の皮肉な帰結となっている
男性にとっての最も主要な競争者は、兄弟および父系の親族
遺伝的血縁者同士の殺しに至る争いの中でもっとも普通にあるのは、家族の財産をめぐる父系親族同士の競争
土地所有をめぐるものや、土地をめぐるものでなくても、何らかの財産が関わっている
片親を同じくする兄弟、いとこ、またいとこ、そして伯父が、それぞれ別の4件で殺されているが、どれも、被害者が親族所有の家畜を、その権利がないのに処分したことに端を発した争いの帰結
兄弟の不和
兄弟間の激しい競争は、親族の結束の皮肉な産物
互いの最も主要なライバルになる理由は、財産が家族で所有されているから
バイソンーホーン マリアのような農耕社会では、全殺人の中に占める兄弟殺しの割合が非常に高くても驚くに当たらない
エルウィンの107例の中では、それは7.5%
インドの他の粗放農業先住民社会でも、兄弟間の不和は同様なレベル
ヴァルマ(1978)が調べたビールの人々の社会でも、100の殺人のうちの6件が兄弟殺し 6件とも財産をめぐる争いであり、それは義理の兄弟間の殺人8件のうち、財産や借金をめぐって生じたものは1件しかないのと対照的
ムンダの人々とオラオンの人々における、解決済みの殺人90例の中では、兄弟殺しは9例 都市化して工業化した社会では、若い男性の将来にとって、父系で相続される財産は、農業社会におけるよりも重要性がずっと低い
それにともなって兄弟殺しもまれだが、起こるとすれば、以前として家族の財産をめぐって生じる傾向がある
1972年のデトロイトにおける解決済み508件のうち、兄弟殺しは7件(1.4%)
そのうち少なくとも5件は、財産、金銭関係の争いの結果
残りの2件は警察資料からは原因が同定できなかった
狩猟採集社会では、兄弟が争うような家族所有の財産などほとんどなく、また父系親族は彼ら自信が男性にとっての最も価値の高い財産
彼らは力を合わて、敵対する非血縁集団からの襲撃に備える
狩猟採集社会では兄弟殺しはほとんどないだろうと予測されるが、まさにその通り
殺人に関する情報を含む狩猟採集社会の民族誌の資料を広範に調べたが、たった1例しか出会っていない
兄弟殺しがいくらかあるのは当然
いくら狩猟採集社会でも、兄弟が花嫁の獲得をめぐって争うこともあるだろうし、自己利益を正常に認識できない狂気の殺人者はどこにでもいる
兄弟殺しの誘惑が抑えきれなくなるような状況は、兄弟同士が多額の価値の所有を巡って競争し、しかも父系親族の存在自体は、男性の権力獲得にとって決定的に重要ではないような場合
権力ブロックが父系親族(または兄弟利益集団と呼ばれるもの)であるような部族社会では、自分の親族を殺して主要な地位を獲得しようとする誘惑が起きても、そうすれば自分の戦力から一人失うことになり、他の親族の感情も害して、彼らからの必要な支持も得られなくなるだろうということがわかっているので、それは抑えられる 封建社会では、忠誠と権力の起訴として、家臣の忠誠が親族関係に少なくとも部分的にはとって変わっており、競合する権力ブロックが一緒になって、同じ王座をめぐる血縁関係にある競争者の中のひとりを支持することがある
伝統的な父系社会における男性間の争いは、しばしば兄弟または近い父系親族間で行われる
近接関係や相互交渉のパターンが親族の系譜に沿って構造化されているからであり、また親族が、限られた家族財産をめぐって必然的に競争せざるをえないからである
しかし、淘汰思考によれば、こんな状況においてさえ、他の条件が同じであれば、血縁関係は葛藤を和らげるように働くはずだと考えられる
対人関係を「評価する」心理的メカニズムが自然淘汰によって形成されたのならば、個体は、他人を自分の包括適応度への寄与の大まかな期待値に応じて評価するように形作られてきたはずだ 血縁関係にあるという事実は、負けることのないコストの認識も勝つことの利益の認識も両方を下げることにより、対立を弱めるように働く
個体は自分自身が争いに負けても、兄弟姉妹がその資源を使うことによって、自分自身の包括適応度がいくらかでも上がることを期待できる
一方、自分がどうしてもその競争に勝つために兄弟姉妹に損害を与えれば、自分の包括適応度が下がることもあり得る
このような血縁で調整された評価システムが、父系の親族が男性にとってのもっとも主要なライバルであるような父系社会にもあてはまるという証拠はあるだろうか?
それを査定するのに必要な、広範囲にわたるデータは存在しない
しかし、私たちは、中央ナイジェリアのティブの人々における性的競争に起因する殺人について、適当なデータを得ることができた ベヌエ河流域に住む農耕民
1952年には、およそ80万人のティブがいくつかの父系クランに分かれて、それらが、タールと呼ばれるクランのなわばり内に住んでいた
多くの民族と同様、ティブも、広範にわたる血縁関係を習い覚えて暗唱している
彼らは、自分たちの祖先を17か18世代遡ると、共通の祖先であるティブという神の息子にたどり着くとし、親族同士を前の世代のより大きな集合へと結びつける、入れ子になった父系親族の階層の詳細を熟知している
人類学者のローラ・ボハナンとポール・ボハナン(1953)「隣接するタールに住んでいる二つの親族同士が血縁的に遠いほど、互いに潜在的な敵であると考える可能性が高くなる」 ティブの婚資は、もっぱら、夫の父系クランが妻の繁殖力を買うことと認識されている
自分の家に連れて変えるのは少額だが、以後、子どもが産まれるごとに追加の支払い
父親がその支払をしないときは、彼の親族は子どもを得ることができず、その子は母方の祖父の子どもとなり、母親の属する父系親族の一員となる
居住地の中で暮らしているのはたいていは父系親族であり、ともに働きともに敵と戦う
少数の成功した男たちは複数の妻を持っており、ボハナンの情報提供者の一人などは、自分の祖父は21人の妻を持っていたと誇らしげに語った
このような状況は、嫉妬と暴力の危険性をはらんでいる
「近縁な父系親族を殴ることは道徳に反するが、ティブでない人間と喧嘩をすることは、ばかなことではあるかもしれないが、決して道徳に反することではない……ティブは、喧嘩で外国人を殺した罪で監獄に入れられると、非常に憤激する」
一つの居住地の中、および、より大きなタールの中に住んでいる男性の83%は、そのタールの親族の名前を持っていると述べているが、このことは、彼らが、4、5世代前にさかのぼって共通の父系祖先を持っていることを示している
ポール・ボハナン(1960a)は、英国の植民地裁判記録から殺人事件のデータを集めた
男性にとっての身近な存在は、ほとんどが父系の親族であったにもかかわらず、殺人事件の加害者が被害者の父系親族であったのは、全体の半分以下であった
血縁関係が危険を弱める働きをしていることを最もよく示す興味深い例は、ボハナンが行った、妻を寝取られた夫による殺人の分析(1960b)
男性同士の83%が父系の親族同士であるような社会では、ある女性の恋人が、その女性の夫の親族である確率は非常に高い
男性が妻の恋人を殺した8例のうち、夫と妻の恋人との間になんらかの血縁関係があったのは、たったの2例のみ
ティブランドで調査をしたことのある研究者なら誰でも、女性が、夫の親族と不倫関係に陥ることがしばしばあることを知っている
彼らは、妻の不倫があっても親族同士の関係が乱されてはいけないと主張し、事実、彼らの言うのが正しいようだ
血縁と共謀殺人の再考
共謀者は近縁者同士であることが非常に多い
殺人に至るような争いでは、血縁者は共通の利益を見出す傾向があるので、平均すると、加害者と被害者との関係よりも、共犯者同士の方が血縁度が高い
様々な血縁関係における事件の割合が評価できるような研究で、中世のイギリスをもとに引き出したこの結論が一般的であるかどうかを検定した
$ rとはAとBとの最近の共通祖先を通じて同じ遺伝子が伝えられたことにより、Aの遺伝子型がBの遺伝子型と同じである割合
親子、両親を同じくする兄弟姉妹間は$ r=0.5、片親しか同じくしていない兄弟姉妹同士、伯父・伯母と姪・甥の間、祖父母と孫の間は$ r=0.25、いとこ同士は$ r=0.125
二つの基準を満たす殺人のサンプルをすべて調べた
関係者間の遺伝的関係を推定するのに必要な情報が整っている
何らかの明らかなバイアスがかかって選ばれたサンプルではない
結果
平均して殺人被害者が加害者と近縁である度合いは、社会によって非常に異なる
しかし、何よりも明らかなのは、どの例においても、共犯者間の血縁度の高さは、被害者と加害者とのそれを大幅に上回る
進化理論は、血縁者間に葛藤が生じるという現実を否定はしない
それどころか、血縁度が同じでない限り、そのような葛藤はあるに決まっている
利害が完璧に一致するような生物は、遺伝的に同一なクローンのメンバーだけだろう
淘汰思考が示唆するのは、もっと細かくて興味深いものである
殺人においても、人間の行うこと一般と同様、関係者間の遺伝的関係が遠くなるほど、同じ内容の葛藤であっても、対立が激しく危険なものになる傾向がある
本性で示した証拠のすべて、私たちが知る限りのすべての証拠は、縁者びいきの影響は非常に大きく、それは対人関係の葛藤をやわらげるという、基本的な予測を支持している